2009年7月25日、鳥海修講演@出版UD研究会、うろおぼえメモ (2)
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日本語の文字の歴史
- 日本語の文字をやるには、まず中国から始めないといけない
- 甲骨文字。殷墟でみつかった紀元前15世紀のが最古。これは基本的に引っかいてかかれた文字で、まだ筆じゃない
- 金文(きんぶん)。土の型に彫って、鋳造していた文字。
- 甲骨文字も金文も、今でもすこし読めちゃう文字がありますね。これは「王」っぽいとか「子」っぽいとか
- 石鼓文(せっこぶん)。ここまでは、彫られたり刻まれたりした文字です。
- 篆書(てんしょ)。始皇帝がつくらせた書体。いまでもハンコで使われてますね
- 篆書から筆の字になる。このころの筆は今みたいに使いやすくなくて、例えば「はらい」は書けなくて全部の画で行って戻って止める、をやらないといけなかったと言われてます
- 隷書。奴隷が発明したということになっている書体。篆書より書きやすくて人気が出た。三国志あたりの時代にはよく使われてた。『レッドクリフ』でも関羽がこれを書いてて劉邦が「おまえ書はうまいな」といってたり。
- 楷書。隷書と楷書の中間的な書体ということで有名な爨宝子碑(さんぽうしひ)。
- 顔真卿(がんしんけい)の楷書。
王義之(おうぎし)。書聖、書道の神様。この人の書だと言われるものはひとつも現存していない。ある時代の王が死んだとき、彼の書を全部墓に持っていったといわれている。いまあるので一番忠実な模写といわれるのは、この虫食いで消えた部分までそのまま移してある模写。
ここから日本に入ります。
- 空海の書簡。ここにはいろんな書風がはいってる、この字は隷書、この字はがんしんけい、とか。
- 空海は中国に留学(遣唐使船に密航)して中国でずっと勉強した
- 最澄はすぐに日本に帰ってしまっていた
- 空海は中国でまなんだ書の知識おみせびらかしたかったんじゃないかとおもう
- このときの字は完全に中国の字
- 小野道風(おののとうふう)
- 和様のはじまり。この、紙をなぞって書くのが、和様なんです。横画をまっすぐ書かず、ゆるやかな波が入る
- 中国では、最初に引っかく文字、彫る文字ができて、そのあと筆の文字が出た、だから筆圧が強い、字はかっちりしていて、幾何学的な形をしている
- 中国の書は入木(にゅうぼく、じゅぼく)の書だといわれます
- 日本の書は、彫る段階はなくて「いきなり筆」
- 紙を筆で軽くなぞって書く、筆を自由に動かして書く文字
- かな。漢字の音を借りて、形を崩してできた文字ですね。
- 女の人が作って広まって行った
- 日本の文字は女の人が作っている、ギャル文字もそう
- 男は女が作った文字をあとで使い出す
連綿体。中国からきた漢字はもともとどれも正方形の形。かなは、細長かったり小さかったりつながったりする、むしろ正方形から抜け出そうとする
明朝体。江戸時代に使われだした。
- 萬福寺の写本。明朝体活字の版木として現存している一番古いもの。(たぶんこれ http://www.obakusan.or.jp/culutre/culture2.html)
- いまもこのお寺にいくと、この版木で印刷されたものが買えます
- ただしこの版木は、中国で作られたものを模造したものなんです
- 明治時代になって、活字で漢字とかなを組むことが本格的に始まった
- これは初期の印刷物のひらがな。全部ひらがなで印刷された新聞です。ひらがな1文字を正方形のマスに入れようとはぜんぜんしていなくて、いろんなところがつながっている、連綿体から抜けだしていない
- こちらは、ひらがなも全部正方形になってる、漢字とかなを混ぜて組んだもの。漢字は明朝。だいぶ今の印刷物に近いけど、まだひらがなには筆の文字っぽいところがありますね。
- 明朝体にはもともとひらがなはないんです、いまの書体でも、明朝体のひらがなは、実は楷書に近い書風をしている。
- 完全に明朝体の書風にされたひらがなも、このころに作られたことがあります、でもなぜかダメなんですね
- 明朝体の漢字と、ホントの明朝体のひらがなを合わせて組んで印刷すると、読んで何か引っかかる、ヘンだと言われる、使ってもらえない。